前回の記事では、社会と自身の相対関係と、コロナウィルスが警鐘する自然界の抵抗を個人的見解で綴りました。

今回は世界規模で行われている活動が、あまり国内では知られていないと思い、ビジネスと照らし合わせてご紹介します。


場所は中米コスタリカ。既に国軍を捨て、平和に生きることを望んでいる国である。

国内では、国連が「平和大学」との名称で大学を創設し、その敷地内には「地球憲章教育センター」が併設されている。そこは国連とともに世界規模で平和活動を行う「地球憲章インタナショナル(ECI)」が拠点としている。


今回はその地球憲章インタナショナル(ECI)のミリアン・ビレラ事務局長のお話を一部引用させていただく。


世界の平和活動を行うECIは、2020年スローガンとして「良心を行動に変える」を掲げる。

ビレラ氏は、「地球憲章は持続可能な未来を築くために必要な価値観や原則をまとめたものですが、価値観や地球倫理といった概念は、あまりに抽象的すぎると考える人が少なくありません。そうした誤解を解き、実際の行動に役立つのだということを示したいとの思いから、このスローガンに決めました。」と、地球民族(全人類)の誰しもが理解できる平和を望んでいる。


平和とビジネス、その相関にあまりピンと来ない方も多いと思うが、この記事の末尾には綴ろうと思う。


ビレラ氏はスローガンについて語るなか、人が他人、世界とどのように関われば良い社会を築けるのか、そのビジョン、意識、倫理感を描きやすい3つの例で挙げた。


まず、ECIが掲げる『私たちは、地球という、運命を共有するコミュニティーの一部であり、一つの家族である』という概念自体が、『世界各地で広がりをみせている民族主義や差別、外国人排斥の波に向けたメッセージ』である事。


二点目は、社会的格差、人種差別、寛容の欠如、政治イデオロギーの二極化による暴力および紛争の世界的な増加により、『寛容、非暴力、平和の文化の促進は、一段と緊急の課題』である事。


最後に、『「環境保護、社会正義、平和の確保」という人類が直面する課題を、世界中の多くの人々が断片的に捉えていることによって、世界の危機が深まっている。「断片的」とは、人間と環境・地球を分けて、「こちらが人類にとって望ましいビジョン、あちらが地球と環境にとって望ましいビジョン」のように考える事である』と。


ビレラ氏が語る『平和』を自助努力をもって共有することも、ビジネスを発展させる光明であると思われないだろうか。


一点目に挙げられた内容は、ビジネスに落とし込めば「人材と人材」「お客様とお客様」「自社と他社」「従業員と経営者」のような隣り合わせの関係において、障壁をつくり差別をすることであろう。補足をするなら、過剰な資本(経済)主義、過剰な売上主義、に言い換えられるのではないか。

相対する内容が、第三者主義、利他主義であるとすれば、ビジネスセオリーとして経営の結果は当然に見えてくる。


摩擦、不和、争いは自社の経済下降のみならず、社会の経済下降にも影響を及ぼす。

つまり、人材不足の時代に優秀な人材を募れ、また人材が経営へのアイデアを湧かし、またサービス(CS)の向上により集客が得られる等、自身の視野を大きく広げることでビジネスも広がるはずである。

インバウンド経済である現代において、外国人の集客を多く見込むサービス品質も確保できよう。

「幸せ」と「平和」は当然に一体であるはずと感じる。

またコロナウィルスの発生因が自然環境の破壊と仮定すれば、経済危機と自然環境は相対関係にあり、その地球規模の課題から目をそらしてはならないと、私は感じる。


ビレラ氏は、国連の「2030アジェンダ」と17のSDGs(持続可能な開発目標)に歩調を合わせ、価値観が果たす役割、そして倫理的基盤と多様な教育の在り方の重要性を問い続けていきます、とのこと。


昭和の高度経済成長期、「お客様は神様です」との有名なフレーズを残したスターがいたが、地球民族には謙虚であり、寛容であり、非暴力である人間性が改めて求められる今であろうと思う。

世界規模の活動に学び、そして自身が主体者として捉え、未来型の明るい光明にしていこう、そう願ってやまない。



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